甲野善紀 『剣の精神誌』 | 読書ジャンキーの本棚

甲野善紀 『剣の精神誌』

甲野 善紀
剣の精神誌―無住心剣術の系譜と思想

現在、古武術家として、最も知名度があると思われる著者が、あまり世間的に知られていなかった時代に著した渾身の力作。


執筆の目的を、本書まえがきから引用すると、以下のようになる。


――江戸時代中期、一千回をを超える他流との試合に一度も敗れなかったという桁外れの記録を持っていた剣客がいたのである。

その名を真理谷円四郎源義旭という。

本書は、この他に類を見ない記録と、門弟が、大名、旗本、平士、その他で一万人以上にも及んだ、という経歴を持ちながら、日本の剣術史のなかで抹殺されたに近い扱いを受けてきた真里谷円四郎という異端の天才剣客の成立過程と、その背景を焦点として、世界に例を見ない剣術を骨格とした、日本の「武」の精神文化史を、…・・・探査してゆこうというものである。


小説に出てくる創作上のヒーローではなく、現実に千度不敗の剣客家がいたとは!

自称450戦不敗の神話を誇るヒクソン・グレイシーも真っ青である。


この真里谷円四郎なる剣客は、「無住心剣術」という流儀の三代目にあたる人物である。

流祖の針谷夕雲は、宮本武蔵とほぼ同時代の人。

この「無住心剣術」は、他の武術においては、その流儀の生命線ともいえる様々な技や型などが一切ないのが特徴で、相手と立ち会う際は、相手の攻撃を避けることも受けることもせずに、片手に持った小太刀を、ただ真直ぐに眉間にまで引き上げて、引き落とすだけであるが、何故か、立ち会った相手は皆、必ず負けてしまうという不思議な剣法である。

通常の武術に見られる超人的な体捌きや剣捌きを一切使わないシンプルな動きだけで勝つゆえに「無住心剣術」、つまりは心法の剣と呼ばれていたようである。

 

で、著者の引用文にあるように、この不可思議な剣術が、何故、どのようにして誕生したのか、そして、三代目、真里谷円四郎の代に至って、その隆盛が最高潮に達したにも関わらず、どうして彼の代をもってして、流儀が消滅してしまったのか――を商才に論じつつ、それに加えて、この流儀の核になっていると考えらる「気」の概念、それも武術における「気」について、さまざまな伝書などを引用しつつ言及していて、興味が尽きない。

しかし、一番興味深かったのは、「無住心剣術」の強さを、武術家である著者の視点から推論している箇所である。


ということで、時代小説が好きな人たちには、下手な剣豪小説を読むよりも、よほど面白いでしょう。




切れ味: 良


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