塩野七生 『キリストの勝利 ローマ人の物語XIV』
- 塩野 七生
- キリストの勝利 ローマ人の物語XIV
古代ローマ帝国を築き上げたローマ人とは、自分たちとは異なる世界観を持った他者の存在を認める寛容の精神と、理性の力を信ずる人たちであった。
だからこそ、異なる民族、宗教が混在しながらも、普遍的な法制度が、帝国の隅々まで行き届いた文明を築き上げることができた。
が、そのローマ人たちの根底を支えた精神も、帝国の外からの蛮族の絶えざる侵入と、帝国内のキリスト教勢力の台頭によって、衰弱し、やがて消滅していくことになる。
本書では、その帝国内外の危機である蛮族侵入とキリスト教の台頭が克明に掻かれている。
特にキリスト教による世俗権力に対する支配権の確立に至るプロセスは、なかなか読み応えがある。
また、こうしたキリスト教勢力に対する防波堤を築こうと苦心した悲劇の皇帝ユリアヌスの短い生涯も、十分にドラマティックでありながらも、抑えた筆致でものされている。
著者が言うように、ユリアヌスの治世が十九ヶ月ではなく、十九年だったとしたら、あるいは、その後のローマ帝国の様相も、そして、暗黒の中世と呼ばれたキリスト教に支配されたヨーロッパの風景も、大分異なっていたかもしれない。
そう思わせるだけの、なかなか魅力的な人物である。
歴史の大筋の流れが向かう先は、たかが一人の人間の力だけで変えられるものではない。
それでも、一人の賢明な人間の意志と実行力に、環境と運の良さが重なった時には、歴史の辿る方向性は、全く別なものになったかもしれない・・・・・・ユリアヌスの生涯は、そんなことを考えさせてくれる。
切れ味: 可
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