塩野七生 『海の都の物語』
ヴェネツィア共和国の誕生から消滅までの一千年に及ぶ変遷史である。
いわば、現在、執筆中の『ローマ人の物語』のヴェネツィア共和国版といったところ。
シェイクスピアの「ベニスの商人」に登場するヴェネツィア人は、デフォルメされているにしても、したたかなヴェネツィア人の一面を覗かせてはいる。
そして、本書では、そんなヴェネツィア人の生態を示すエピソードがてんこ盛りになっている。
それによって、彼らのを動かす行動原理は何だったのかが分かるというものだ。
とはいえ、上下二巻の分厚い本なので、結構、読むのに骨が折れた。
ヴェネツィア共和国を取り巻く内外の環境が、彼らをして、貿易立国こそが、ヴェネツィア人の生きる道と決意させ、その中で培われた経済合理性が、ヴェネツィア人の国民性を形作ってきたことが理解できる。
そして、この本を読んだ人は、日本との類似性を考えざるをえないだろう。
国土の狭さ、資源の乏しさ、アンチヒーローを好み、集団としての組織力がある点、貿易立国であり、その経済力は、他国に対して、かなりの影響力がある点などである。
が、ヴェネツィア共和国にあって、日本に欠けているものもある。
政治と外交の技術である。
ヨーロッパと中東の中間にあるという地政学上の理由から、ヴェネツィア共和国は、常に、フランスやスペイン、そしてトルコといった大国との紛争や同盟を繰り返さざるを得ない立場に置かれた。
したがって、その中で、国家を存続させ、かつ、その生命線となる国際貿易を支障なく行うためには、どうしても、列国の勢力均衡による安定を意図した政治と外交の技術を必要とする。
それは、何百年にもわたって、ヴェネツィア人の間で磨き上げられたお家芸とでもいうべきものであった。
この点に関しては、日本などは、ヴェネツィア共和国の比ではない。
ヴェネツィア人が、世間の裏も表も知り尽くした成熟した大人なら、さしずめ、日本人は、世間知らずのお坊ちゃんといったところであろうか。
切れ味: 可
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