中島敦 『李陵・山月記』
- 中島 敦
- 李陵・山月記
中島敦の名作四編が収められた短編集。
どの作品も、漢文の素養を十二分に駆使した重厚な文体と、緻密な構成になっている。
「山月記」「名人伝」「弟子」「李陵」――個人的には。「李陵」が一番印象深かった。
この作品の主人公は、題名にもなっている李陵であるが、脇役で登場する司馬遷がいい。
『史記』の作者である司馬遷が、匈奴との戦争で捕虜になってしまった漢の将軍、李陵の立場を擁護する論陣をはり、時の皇帝、武帝の逆鱗をかい、宮刑(性器を切り取られること)という屈辱的な目に遭わされたことは、司馬遷自身が『史記』の中でも記しており、よく知られている。
硬骨の人であった司馬遷にとって、この宮刑は、心情的には、死を賜るよりも、はるかに酷烈なものであったろう。
その司馬遷の心の葛藤と、やり場のない怒りを、孤独な執筆作業へと駆り立てていく心情が見事に描かれている。
後世に遺るような大事を成す人は、多くの場合、逆境の中、血を吐く思いをしながら、事業を行っていた、ということの典型例であろう。
順風満帆な人生からは、大したものは生み出されない。
しかし、大事を成すには、絶えることのない迫害、屈辱、逆境が待っている。
人生とは何か、生きるとは何か――といった小難しいことを考えさせられる小説である。
切れ味: 優
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