橋爪大三郎 『アメリカの行動原理』
- 橋爪 大三郎
- アメリカの行動原理
冷戦の終焉後、世界で唯一の覇権国家になったアメリカ。
多様な民族で構成されたこの国を動かしている根本的な原理とは何か。
この本は、それをアメリカの歴史、文化、国際関係の側面からアプローチして、解明しようと試みている。
その際に、著者が考えるアメリカ理解の補助線が二つある。
それを、著者は、あとがきで以下のように述べている。
本書では、キリスト教がどのように、アメリカ社会の価値観と、アメリカ人の思考パターン、行動様式をかたちづくるかを、ひとつの重要な補助線として、取り出してみた。
これは、一番,正当なアプローチだと思うが、あまり重要視されてこなかった。
もうひとつ、本書で強調した補助線は、新大陸という、アメリカの地政学的な条件である。
これらの補助線の上に、私流に、おおまかなアメリカのスケッチを描いてみた――。
タイトルにもなっている”アメリカの行動原理”は、テーマとしては、野心的で、魅力的でもあるのだが、実際の内容が、散漫かつ尻切れトンボなので、期待値が高すぎる分、読んで拍子抜けしてしまった。
まあ、このテーマでは、分量的にも、新書では、持論を展開するには無理があるのかもしれないが。
あくまで、アメリカ理解の入門の入門といったところか。
切れ味: 可
松本晃一 『アマゾンの秘密』
アマゾンジャパンの設立に参加した著者の回想録。
設立前後の熱気と緊張感が、それなりに伝わってくる。
集客力を獲得するためのプランニング、運営サイトの構築、各出版社との交渉、ブックレビューの充実etc.
特に、アマゾンサイト最大の魅力の一つは、読者によるブックレビューの豊富さにあると思われるが、その読者レビューキャンペーンに関する記述が興味深かった。
本のカスタマーレビューの充実度が、アマゾンジャパンの成功の鍵を握っているとして、限られた時間と予算の中で、どのようにプランを練り、実行していったのか。
退屈なマーケティング本を読むよりは、仕事の参考になりそう。
ただ、この本は、基本的には、アマゾンの経営スタイルを謳歌したものである。
だからアマゾンの効率性、あるいは顧客第一主義への徹底的な追求が、どのような副作用を生じさせているかについては、言及されていない。
このアマゾンの負の側面を捉えた力作『アマゾン・ドット・コムの光と影』を合わせて読んだ方が、バランスがとれるだ゛ろう。
切れ味: 可
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グィッチャルディーニ 『フィレンツェ名門貴族の処世術 リコルディ』
- フランチェスコ グィッチャルディーニ, Francesco Guicciardini, 永井 三明
- フィレンツェ名門貴族の処世術―リコルディ
内外の危機に揺れたイタリア・ルネサンスの時代を生き抜いた政治家の手になる洞察に満ちた世渡りの箴言集。
「リコルディ」とは、覚え書とでもいった意味。
著者のグイッチャルディーニは、フィレンツェの名門貴族の出身で、外交を中心に活躍した政治家。
有名なマキァヴェッリは、同時代の人である。
そのマキァヴェッリの『君主論』などの政治論集は、公の刊行を目的とした著作物であるが、グイッチャルディーニの『リコルディ』は、子孫のための私家蔵本であり、出版することを想定していない。
そのせいもあってか、当時としては、マキアヴェッリよりも、遥かに有名人であったにも関わらず、後世では、彼も、『リコルディ』も、あまり認知されていないようである。
その『リコルディ』は、家伝書である分、取り上げている事柄は卑近であり、自らの経験から引き出した世渡りのための術を説いている。
一言でいえば、偽善の勧めであるが、さすがルネサンス時代の人だけに、偽善の術さえもが、洗練されている。
偽善が、そのまま世間に明け透けに見えてしまえば、嘲笑や軽蔑、はては罵倒と破滅の憂き目に遭うだろうが、それを、洗練された振舞いや態度、行為によって、巧みに覆い隠せば、逆に、世間からの賞賛、名声、人望すら得ることすらできる。
現に、グィッチャルディーニ自身が、そうやって、生き抜いてきたのである。
その含蓄とアイロニカルに満ちた箴言の数々は、説得力がある。
同時代人のマキアヴェッリの著作物と読み比べてみるのも面白い。
グィッチャルディーニ自身は、多少、似たようなキャリアを持ったマキアヴェッリに対して、かなり対抗意識を持っていたようである。
切れ味: 良
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竹内靖雄 『戦争とゲーム理論の戦略思考』
- 竹内 靖雄
- 戦争とゲーム理論の戦略思考
著者は、本書の狙いを、次のように書いている。
戦争やビジネスのための戦略的思考へのガイダンス、および、頭のトレーニングの材料を提供することにある。
『孫子』や『戦争論』などの戦略書から学ぼうとする人も少なくない。
ただし、その場合に学ぶべきものは、こうやれば勝てるというあの手この手のノウハウよりも、状況に応じて、自分で目的を設定し、それを合理的な手段によって達成しようという戦略的な発想そのものであろう。
ビジネスは戦争とは同じではないので、兵法書で教える軍事戦略のノウハウを、そのままビジネスにあてはめることができるとは限らない。
しかし、ビジネスも戦争も、利害が対立する状況の下で、相手の行動を考えながら、自分の行動を決め、自分の利益を追求するという点では「ゲーム」であり、戦略的思考は、このゲームの中で働いている――。
そこで、本書では、戦略的思考の参考になりそうな、古今東西の政戦略書の古典的名著、ならびに、ゲーム理論の基本的な考え方を、ざっくりと紹介している。
しかし、限られた紙数の中で、多数の政戦略書を取り上げすぎているのが仇となり、どれも表層をなぞる程度の解説で終わってしまっている。
これらの名著の本質を深く掘り下げずして、果たして、著者の云う戦略的思考の参考材料になるのであろうか。
また、戦争や政治を論じた書物が、実際にビジネスに応用可能なのか、可能とすれば、どのように、両者を、有機的に関連づけでいくのかに、筆が及んでいないのが残念である。
切れ味: 可
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雫井脩介 『犯人に告ぐ』
- 雫井 脩介
- 犯人に告ぐ
世間を賑わせるセンセーショナルな事件の発生を渇望しているのが、マスメディアの、いわば宿命。
猟奇殺人事件などは、その飢餓感を満たす恰好の餌食となる。
この作品では、事件を巡って、他社を出し抜こうとする大手テレビ局の、報道の自由を建前にした、しかし実際には、事件の被害者たちのことなど、なんら顧慮することのない醜悪な報道合戦も見所になっている。
幼児を誘拐して後、殺害する事件が相次いで発生。
事件の捜査を指揮する巻島は、全国放送を流すテレビ局の報道番組に毎回出演し、犯人に呼びかける。
前例のない公開捜査による警察と、顔の見えない犯人との緊迫したやりとり。
他社を少しでも出し抜いて、視聴率を獲ようと狂奔する報道機関。
そして、世間は、お茶の間のテレビを通じて、繰り広げられる犯罪劇を観て、総評論家と化す。
それぞれの勝手な思惑が交錯する。
更に、主導権を巡る警察組織内の軋轢。
情報を、特定の報道機関に流している警察内部者の存在など――錯綜とした事情が絡んでくる。
そうした警察組織内部の派閥抗争の渦中にあって、現場の指揮をとりながらも、一人超然としている巻島の翳りのあるキャラクター像が、作品に厚味を加えている。
劇場型犯罪を扱っている点では、宮部みゆき『模倣犯
』に、やや構図が似ているが、面白さでは、断然、この小説の方が上ではないかと思う。
また、警察内部の抗争を扱っている小説としても、大沢在昌『新宿鮫』、高村薫『マークスの山』、横山秀夫『陰の季節』などが、有名であるが、それらの諸作と較べても、遜色はない。
雫井脩介は、作品数が少ないが、一作ごとに、出来がよくなってきている。
前作の『火の粉 』で、ようやく一皮剥け、本作で、一気にブレイクしたが、初期の『栄光一途 』などの、コミカルな作品も捨てたものではない。
切れ味: 良
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岩崎日出俊 『サバイバルとしての金融』
”自己責任”とやらが、必要以上に叫ばれている時代。
個人的な関心の有無に関わらず、金融に対する基礎知識を得ることは、自己防衛上、致し方ないようである。
本書は、取り扱っている題材、平易な文章、コンパクトな分量から、金融入門の扉を叩くのに適している。
日米のマーケットの違い、株価形成のメカニズム、企業の本来価値、外資系企業の行動原理、M&Aの効率性……。
著者は、長年、邦銀と外銀を渡り歩いてきた金融のプロ。
その経験談の数々も興味をそそる。
印象的だったのが、ある外人社員の日本の企業人に対する批評である。
彼いわく、日本の企業は、なかなか決断できない。
社長と交渉しても、即答を避け、「検討します」と言ったきり、月日だけが徒に過ぎていく。
以下、本文を引用――。
「日本の会社は、『今は決めない』という重大なけ決断を下してしまったことに気付いていない。
実は、今決めるか、後で決めるかというのは、極めて重要な決断事項なのだが、このことについて、あまり考えないで、『とりあえず様子を見よう』という重大な決断を下してしまっている。
多くの場合、後になって、決断すればするほど、選択肢の幅は狭くなってしまう。
日本人は、『もうこういう選択しか残っていない』という状況になって、初めて決断することが多いようだ」
この外国人社員の言葉を受けて、著者はこう述べている。
これしか選択肢が残っていないという状況になって決断を下すというのは、実は決断ではないのです。
衆議一致の下でしか物事を決められない――こうした日本の企業人の性向は、「赤信号、皆で渡れば怖くない」的な村社会”ニッポン”の特徴を、如実に表しているように思える。
切れ味: 可
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山口揚平 『なぜか日本人が知らなかった新しい株の本』
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株式投資の基本を理解するうえでの良質な入門書。
この本の内容を下敷きにして、知識と経験のステップアップをしていけば、そこそこ稼げるのではないか――。
と淡い期待感を抱かせる。
もっとも、現実の株式投資は、期待したようにいくことは滅多にないだろうが。
著者も、本の中で、自分に都合のいい幻想の罠に嵌まってはいけないと戒めている。
しかし、実践は理屈通りにいかなくても、投資の本質を理解しておくことは重要だ。
その本質とは、著者によれば、次のようになる。
――投資とは、「買い値よりも高く売り抜くこと」ではなく、「いまある資産(現金)を、より価値ある資産(証券や現金)に交換するプロセス」である。
このような投資の本質を理解した上で、著者は、本書のテーマを、「企業の本質価値を見抜き、割安な価格で買うこと」に尽きるとしている。
したがって、重要な事は、企業の価値を如何に見抜くか――。
その事に、多くの頁が割かれている。
その論旨は、何も知らない初心者を意識して、難しい専門用語を必要最小限に抑え、非常に分かりやすい。
本屋の店頭には、この成功法則に従って投資をすれば、あなたも、がっぽり儲かります、といった類の無責任な本やマネー雑誌が多い。
本書は、そうしたものと較べれば、ましな本ではないかと思う。
切れ味: 可
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福井晴敏 『亡国のイージス』
- 福井 晴敏
- 亡国のイージス
海上自衛隊護衛艦いそかぜの叛乱を巡る、こってりと熱い人間ドラマ。
北朝鮮の破壊工作員と、それに呼応する艦内の乗組員らによって占拠されたミサイル護衛艦いそかぜ。
護衛艦に搭載された弾道ミサイルは、首都圏に標準が設定される。
艦内に閉じ込められた形になった先任伍長の仙石は、同乗しているスリーパー(が誰であるかも見所である)と共に、護衛艦の指揮権を奪還すべく、テロリストたちに立ち向かう。
定評のある戦闘描写の冴えは、たしかに迫力がある。
敵役の女性テロリストの超人ぶりもなかなかだ。
首謀者の一人、ヨンファが、ラスト近くで、知らずに演じてしまうピエロ的な役回りも、悲劇的かつ喜劇的でいい。
また、護衛艦のクーデターに、右往左往する日本政府の対応は、実際にさもありなんと思わせる臨場感がある。
こんなスケールの大きい活劇小説を書ける日本人作家は、いままで見当たらなかったことを考えれば、日本の冒険小説の記念碑的作品であることは間違いないだろう。
しかしである。
長い。
あまりにも長すぎる。
その分、読み応えがあるとも言えるかもしれないが、少々うんざりモード。
福井晴敏が、小説を書くうえで影響を受けたという高村薫ほどではないけれど。
まあ、乱歩賞受賞作の『Twelve Y.O』よりは、大分読みやすくはなっているが。
それと、『川の深さは』『Twelve Y.O』『亡国のイージス』と、いずれも似たような舞台背景はともかくとして、キャラクターまで、どれも似たような人物たちが登場してくると、さすがに、「またか」と思ってしまうのは致し方ないだろう。
ついでに、上映中の映画も気になる。
仙石伍長役が、真田というのが、いまいちピンとこないのだが。
切れ味: 良
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福井 晴敏
別冊宝島編集部
ポール・ジョンソン著、富山芳子訳 『ナポレオン』
- ポール・ジョンソン, 富山 芳子
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アンチナポレオン派の英国人作家が書いた辛辣な人物評伝。
いまだに、ナポレオンを、希代の英雄として賛美している人も多い。
しかし、著者は、その虚飾に満ちた英雄伝説を剥ぎ取ることに心血を注いでいる。
つまり、ナポレオンという人物を、彼が生きていた時代においても、また後世に遺していった影響においても、災厄以外の何者でもなかったと断じているのだ。
冒頭で著者は云う。
彼が常に信頼したのは、銃剣と大砲であった。
彼が理解した唯一の言語は武力、彼に最後の宣告を下したのも武力であった。
二十世紀の全体主義国家は、現実のナポレオンと、その神話の究極の申し子であった。
それゆえに、ボナパルトの華々しい生涯を冷静に、厳しく、じっくりと検証するのは正当なことなのである。
二十一世紀の初頭にあたり、私たちは二十世紀の悲劇的な過ちを繰り返さないよう、何を恐れ、何を避けるべか、ボナパルトの生涯から学ばねばならないのだ――。
事実、十九世紀初頭のヨーロッパは、尽きることのない征服欲に憑かれたナポレオンという、たった一人の独裁者によって、十数年もの間、戦火が絶えることはなかった。
その間、数十万という死傷者の群れが積み重ねられていった。
ナポレオンが遺した負の遺産は他にもある。
国家総動員による総力戦。
秘密警察による人民監視と統制。
メディアを駆使したプロパガンダによる巧妙な統治。
等々……二十世紀に数多く誕生し、今なお、一部の地域で存続している全体主義国家の原型は、ナポレオンの独裁体制から派生したものといえる。
そう考えると、仮にナポレオンが皇帝となっていなければ、世界は、かなり現在とは異なるコースを辿っていたは間違いない。
ちょっとした偶然が、世界を変えることもある。
それが人類の進歩にとって、必須であったのか、有害であったのかは別として。
歴史を知る醍醐味は、そんなところにあるのだろう。
ただ、この本の著者は、あまりに英国贔屓が過ぎている。
ナポレオンを断罪するのは良しとしても、対するに大英帝国の偉大さを過剰に喧伝し過ぎているようで、少々うんざりさせられる。
切れ味: 可
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ジェフ・ルート、佐々木俊尚 『検索エンジン戦争』
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いまや、インターネットビジネスの中核的存在ともいえる検索エンジン。
本書は、検索エンジンの黎明期から、グーグルの覇権を経て、ヤフー、マイクロソフトとの三つ巴の三国時代に突入するまでの経緯を分かりやすく書いている。
これまでのところ、パクス・グーグルとでもいうべき、グーグルの一人勝ちに近い状態が続いていた。
が、商売にえげつないマイクロソフトの乱入によって、その牙城が脅かされつつある。
検索エンジンさえも、彼らに席捲されてしまうのか。
ということで、この本は、インターネット、あるいはインターネットビジネスにおいて、検索エンジンの果たす役割がどれほど重要なのか、今一つ認識できていない文系の人が、それを理解するのに読む入門書としては最適だろう。
また、SEO(検索エンジン最適化)や、キーワード広告が、きちんとしたビジネスとして確立されるまでの顛末にも、相当数の頁が割かれている。
検索エンジン事業の収益構造、検索エンジンの周辺事業の概況を理解するのにも役立つ。
検索エンジンの垂直的伸張に関する話題も興味深い。
ただし、あくまで、初心者向けの内容であるような気がする。
ある程度の知識がある人には、物足りないかもしれない。
切れ味: 可
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