『レクイエム』
- 著者: ホースト ファース, ティム ペイジ, Horst Faas, Tim Page, 大空 博
- タイトル: レクイエム―ヴェトナム・カンボジア・ラオスの戦場に散った報道カメラマン遺作集
今では、二十世紀の歴史的出来事として、すっかり風化してしまったベトナム戦争。
その戦争が行われていた当時、その地に赴き、自らの命を張って、真実を伝えようと写真を撮り続け、命を落としていった報道カメラマンたちの、代表的な写真をあつめたのが、この『レクイエム』である。
もちろん、ロバート・キャパがいる。「安全への逃避」と題する写真で、ピュリッツアー賞を受賞した沢田教一もいい。
でも、私には、ラリー・バローズが撮った、ジェームズ・ファーレイ機長の一人泣き崩れる姿の写真が、とても印象的だった。
バローズが同行取材した米軍ヘリの編隊のうち数機が、ベトコンの対空砲火を浴びて、撃墜されてしまう。バローズが同乗していたファーレイ機長のヘリは、撃墜されたヘリの近くに着陸し、機内で負傷したまま動けずにいるパイロットを助けに行こうと試みるのだが、潜伏していたゲリラの波状攻撃にさらされ、救出は困難を極める。結局、パイロットは救出されたものの、間もなく死んでしまう。
ついさっきまで起居をともにしていた仲間を生還させることができなかったファーレイ機長は、キャンプ地の兵舎に帰ると、床に置かれた荷箱に、崩れるようにして上体をあずけたまま、泣き崩れる。その姿を映した写真からは、機長の切り裂かれるような苦悶が、こちらにまで迫ってくるようで、次第に息苦しくなってくる。
なぜ、他人の不幸や苦しみを写真に撮らなければならないのか?
それに対して、バローズが自問自答している。他人の苦しみを写真にとることの意味は、世の中には、こんなことが起きていることを読者に伝え、理解してもらうために必要なことであり、我々写真家は、それにささやかながらも貢献している。だから、写真を撮り続ける仕事をするのだと。
切れ味: 優
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青木雄二/横田濱夫 『ゼニで死ぬ奴 生きる奴』
- 著者: 青木 雄二, 横田 濱夫
- タイトル: ゼニで死ぬ奴、生きる奴
人間の価値も命も金次第。そんなえげつなくもリアルな街金の世界を描いて大ヒットした漫画『ナニワ金融道』の連載が終わって十年近く経とうとしてい.る。
が、この漫画の輝きはいっこうに錆び付きそうにはない。むしろ、マネーゲームという言葉が氾濫している今の状況を観れば、この漫画の先見性がいかに優れていたものかを証明している。
かのホリエモンも、著書の中で、この漫画を金儲けのアイデアの参考にしたと語っているではないか。
青木雄二は、漫画家としてデビューする前は、数知れない転職を繰り返し、自らも会社を経営していた。他人の何倍もの苦労を重ねただけあって、金をめぐる人間の生態を捉える視点は確かなものがある。
そんな青木雄二の対談本の相手は、これまた十年以上前に、「はみ出し銀行マンの勤番日記」という銀行の内幕を綴った暴露本を出版して、当時、在席していた銀行を左遷され、ほどなく作家に転身した横田濱夫である。
漫画では、万事が金次第の世界を描いた青木は、実は筋金入りのマルキスト。
一方の横田は、シニカルに物事を捉える毒舌家だけに、時世や仕事に対する見方が、二人とも全く異なり、いまひとつ議論が噛みあっていないのだが、その噛み合わなさが、かえって二人の強烈なキャラ引き立たせることに成功しており、愉しく読み終えることができた。
なお、横田濱夫は、あとが中で、外見上の体裁だけは、ベンチャー起業家を気取りながら、その実、苦労も挫折も知らない、見栄ばかり気にする甘チャンの起業家もどきが横行していると、最後まで、毒舌を吐いて締めることを忘れていない。
切れ味: 良
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岩崎峰子 『祇園の教訓』
- 著者: 岩崎 峰子
- タイトル: 祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人
花柳界の本家、京都は祇園甲部にその人ありと知られた芸妓がいた。それが、この本の著者、岩崎峰子という女性である。
芸妓たちの養成所と住居を兼ねた置屋「岩崎」に跡取りとして、五歳の時に養女に入った彼女は、舞や地唄などの諸芸を厳しく仕込まれ、十五歳で舞妓としてお座敷デビュー。三十前で引退するまで、常にトップクラスの芸妓として、政財界や文化人などのお座敷に上がって、芸を披露していたという。
本書は、祇園という一流の社交界に芸妓として在席していた時に、彼女が見聞したさまざまなエピソードを紹介しつつ、その客商売としての鍛え抜かれた観察眼で、お座敷に遊びに来る人たちの、立居振舞や言動から、成功する人には、共通るするものがあると語っている。
しかし、私には、そんな事よりも、花柳界の裏方の人たち、特に下足番のおっちゃんのエピソードが面白かった。
下足番とは文字通り、お座敷に遊びに来た客の靴を預かる仕事なのだが、ある時、遊びに来た常連客の社長が脱いだ靴の底を見たおっちゃんは、靴底の減り方を一目見て、身体に異変をきたしていることを見抜き、その社長のいる座敷に上がる彼女を通して、早く病院に行くように伝えさせた。その社長は何も思い当たるところがなかったが、強く勧められたので、首を傾げつつ病院に検査に行ったところ、肝臓に異変が見つかったというのである。
下足番のおっちゃんこそプロフェッショナルそのものではないか。
およそ、世の中には、目立たないが、このおっちゃんのようなすごい人が、黙々と仕事をしながら生きているのだと思うと、それだけで、なんだか生きる力を与えてもらったような気分になる。
切れ味: 可
藤原伊織 『テロリストのパラソル』
- 著者: 藤原 伊織
- タイトル: テロリストのパラソル
藤原伊織の『テロリストのパラソル』を再読した。
乱歩賞をとった直後に、買ってすぐに読んだが、面白くなかったので、途中で投げてしまい、この度、文庫本で再度読んでみた。
しかし、印象が変わることはなかった。
変わることを期待して読んではみたのだったが。
元全共闘の闘士で、現在はバーテンをしながら、世間の隅でひっそりと生きている主人公が、偶然に通りかかった新宿公園で起きた爆弾事件に巻き込まれ、次第に事件の真相が明らかにされていく中で、意外にも、それが、主人公自身の全共闘時代の過去にも深く絡んでいることがわかってくる。
てな感じで、物語は進んでいくのだが、きざったらしい文体は我慢するにしても(こういう文体がたまらんという人も多いでしょうから)、犯人の動機やトリックにはかなり無理があるように思う。ちょっと現実離れしすぎており、白けてしまった。
主人公が、全共闘時代のことを回想するシーンも、リアルであると評判を呼んだらしいが、宮崎学の『突破物』などを読んだ後では、あまりに奇麗事に過ぎるように感じられる。
どうして、この作品が、乱歩賞と直木賞をダブル受賞したのか、私には、そちらの方がミステリーだ。
切れ味: 不可
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司馬遼太郎 『義経』
- 著者: 司馬 遼太郎
- タイトル: 義経〈上〉
司馬版義経は、なんとも冴えない。
顔は醜いし、人間関係の機微にも欠けている。
取柄は、ただ一つだけ、軍事の天才ということだ。
これは、人間に要求される諸能力の中でも、最も難しいもので、世界の歴史上にも、この稀有の才能を持てた者は、ナポレオンやアレクサンダー大王など、数人しかいないらしい。
源義経は、それに匹敵する天才だったが、政治的才能は皆無であったため、兄の頼朝に追われたのだと、司馬は指摘している。
絶えず状況が変化する戦闘の最中に、敵の脆弱な箇所を見抜き、そこに自軍の精鋭の兵を率いて、一挙に殲滅させるには、確かに大変な洞察力とリーダーシップが必要だろう。
ただ、義経が、世界の戦史上でも屈指の軍事的天才というのは、少し無理があるのではないか。司馬が、古今東西の戦争について、どれほど調べたのかは知らないが、たとえ小説とはいえ、そこまで言い切るには、きちんとした根拠や事実を示すべきだろう。
どちらにしても、一般に流布している義経のイメージを見事に裏切ってくれる小説なので、読む人によって、評価はかなり異なるに違いない。
切れ味: 可
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城山三郎 『鼠――鈴木商店焼打ち事件』
- 著者: 城山 三郎
- タイトル: 鼠―鈴木商店焼打ち事件
誰しも世間で生きていくには、「あいつは○○だ」とレッテルを貼られたりすものだ。特に有名人の場合は、世間に身を晒しているから、それは宿命ともいえる。
そして、一度、貼られたレッテルは、尾ひれを帯びて世間に浸透していく。たとえ、そのイメージが事実とかけ離れていたとしても覆すのは容易ではない。
実在した貿易商社の鈴木商店と、その代表支配人、金子直吉は、唱和初期、全国各地で吹き荒れた米騒動の原因となる、米の買占めで巨利を貪った張本人として、70年以上が過ぎた現在でも、一貫して悪徳商人のイメージがつきまとっている。
鈴木商店イコール悪徳商人が、歴史的な評価にまでなっていることに、著者は、本当にそうだったのか、星霜のかなたに過ぎ去った事実を一つ一つ拾い集めながら反証していく。
著者の推論は、鈴木商店のダーティイメージは、一部の大新聞と、それに結託する旧財閥系商社が、ライバルである新興商社の鈴木商店を蹴落とすために、当時の世間に対して、巧妙に情報操作を仕掛けていくプロセスで、造られていったものではないかというものだ。
自分には手の施しようのないところで、実像とはかけ離れたイメージだけが一人歩きしていくことの怖さを思い知らされる。
特に、それが、影響力のある情報の発信者によってなされた時には、どんな虚像が膨れ上がっていくのか。いろいろ考えさせられる本だ。
切れ味: 可
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現代に蘇った古武術家として、『表の体育裏の体育 』などの著書を多数出版している甲野善紀。
本書で、彼が披露している技のネーミングは抜群だ。
逆手抜飛刀打とか、人間鞠とか、まるでカムイ伝や眠狂四郎の世界のようだ。
対談相手の光岡英稔も負けてはいない。
触れた相手を一瞬で吹き飛ばすエネルギーを生み出す拳法の原理を、逐帯伝導、固態整体伝導、核変伝導などと名づけている。ブルース・リーとアインシュタインが融合したようではないか。
彼らの語る昔の達人たちのエピソードもおもしろい。
昔は、日本にも中国にも、とてつもないレベルの達人たちが存在していたらしい。もっとも、立ち合いで、相手のパンチを払っただけで、その相手は天井にまで飛ばされたなどという話には、ホンマかいな、と突っ込みたくもなるが。
もし本当に、そんなに強かったら、プライドヤK-1の王者も秒殺されてしまうだろうけど、実現不可能な話ですね。
切れ味: 可
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一流のパフォーマンスを見せるスターは、ジャンルを問わず、胴体がよく動くらしい。
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切れ味: 可
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