藤田晋 『渋谷ではたらく社長の告白』
- 著者: 藤田 晋
- タイトル: 渋谷ではたらく社長の告白
「21世紀を代表する会社をつくる」という夢を抱いた青年が、会社を設立し、新興市場に上場させ、ネットバブル崩壊の試練を乗り越えて、会社を軌道にのせるまでを綴ったサクセスストーリーの自伝ノンフィクション。
オーナー経営者なら、会社規模の大小は別にして、こうした苦労は、つきものであろう。
その意味では、とりたてて、目新しいことが書かれているわけではない。
偶々、それが成長産業と目されるIT業界の会社であったことと、上場直後に、ネットバブルが弾けるというアクシデントに見舞われた点が、興味を惹く程度だ。
ただ、二十代半ばで、こうした苦境を経験したことは、貴重であろう。
同じ境遇に立たされて、明暗を分けた人に、クレイフィッシュの松島庸がいる。
松島が執筆した『追われ者 』も、対比させて読んでみると、面白い。
また、この類の本としては、比較的、率直に心情を吐露しているようにも見える。
巷では企業ブームのようであるが、会社を経営するということは、決して奇麗事だけで済むことではないだろう。
時に、自分を信じてくれた人を裏切り、資金繰りが苦しくなれば、ためらうことなく社員のクビを切る。
競争相手を蹴落とすためには、いかなる手段も選ばない。
他人からどう思われようとも、会社存続と発展のために、他のあらゆることを犠牲するのを厭わないタフな精神力がなければ務まらない。
社長本と呼ばれる読物には、こうしたドロドロには一切触れず(まあ、表沙汰にすれば、問題になるので、触れられないであろうが)、調子のいい奇麗事と、誇張された手柄話、会社のPRばかりの場合がほとんどである。
その点では、本書は、けっこう好感が持てる。
一つ嫌味を言うなら、自叙伝を出版するのも結構だが、自社が運営しているアメーバブログのサーバが重いのをなんとかしてもらいたいことだ。
いろいろメンテナンスをやっているようだが、一向に改善されている気がしない。
藤田社長、まずは、アメーバブログの会員の顧客満足度を高めてくれ!
切れ味: 可
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村上春樹 『国境の南、太陽の西』
- 著者: 村上 春樹
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唯一、お互いに分かり合える、補い合える存在だと確信していた幼なじみの「島本さん」。
主人公の「ハジメ」は、島本さんと離ればなれになって以来、ずっと、何かが足りない欠落感を抱き続けたまま生きてきた。
現在の年齢は、三十七歳。
ジャズを流す上品なバーを経営するオーナーであり、よき夫であり、よき父親である。
そこそこの贅沢も愉しめる。
傍目には、順風満帆な人生――。
しかし、ある日の夜、突然、彼のジャズバーに、島本さんが現われる。
二十五年ぶりの再会。
彼は、島本さんと邂逅することで、この二十五年の間に喪失したものの大きさに気付かされる。
その時から、順調に見えた人生の歯車が、微妙に狂い始めていく。
もしも、二人の失われた時間を取り戻すことができたなら。
あるいは、別の人生の選択肢があったかもしれない。
それが、本来、自分が歩むべき人生だったかもしれない。
しかし、自分の周囲の人間を傷つけてまで、現在の生活を壊すのは、ためらわれる。
そして、島本さんは、現われた時と同じように、突然、彼の前からぷっつりと姿を消してしまう。
一人、取り残された彼の前を、無機質な時間だけが、流れていく。
人生のやるせなさを感じさせる物語である。
そして、スクリーンに映し出される映画を観ているような、映像的で、かつ洗練された描写は、さすがという他ない。
切れ味: 良
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塩野七生 『ルネサンスの女たち』
- 著者: 塩野 七生
- タイトル: ルネサンスの女たち
司馬遼太郎亡き後、その後継者的存在として、日本のエスタブリッシュメントから絶大な支持を得ている塩野七生。
そして、いまや塩野七生イコール『ローマ人の物語
』の観がある。
しかし、個人的には、オヤジ雑誌の『プレジデント』の特集記事みたいな『ローマ人の物語』よりも、ルネサンスを題材にした、かつての諸作品の方が、断然面白いと思う。
日本人が好みそうな情緒感を、意識的に排除した文章は、簡潔にして、論旨明快。
時に、文章の端々から、読み手を挑発するかのような不敵さが匂ってくるのもよい。
前置きが長くなったが、本書は、塩野七生のデビュー作。
本書のまえがきで、著者は次のように述べている。
『ルネサンスの女たち』の成分表をつくるとすると、次のような具合になる。
政略結婚8、戦争2、略奪2、暗殺6、恋4、牢獄2、強姦1、処刑4、そして権謀術数に至っては数知れず。
これらが、十五世紀の後半から十六世紀の前半という、日本史でみれば応仁の乱から戦国時代にかけての百年足らずの間に生きた、四人の女を軸にして繰り広げられるはずだ。
というわけで、時代が時代だけに、その生涯は、本人の意志とは関係なく、必然的に波乱万丈にならざるをえない。
四人の女性とは、マントヴァ公爵夫人イザベッラ・デステ、フォルリ伯爵夫人カテリーナ・スフォルツァ、法王アレクサンデル六世の娘ルクレツィア・ボルジア、キプロス王ジャコモ二世に嫁いだカテリーナ・コルネール。
前者の二人は、時代と環境の制約を受けながらも、主体的に自己を主張しぬいて生きた女性たち。
後者の二人は、政略結婚の道具として、そのことに、疑問を抱くこともなく、受け身の人生を送った女性たち。
どちらが、女の人生として幸せだったかは、分からない。
ただ、いずれにしろ、この激動の時代に生を享けた人は、そうでない時代に生きた人に較べて、その人生は、何倍も濃いものであったろう。
マントバァ公爵夫人イザベッラ・デステは、芸術家たちのパトロンとして、名を馳せた女性だが、著者の彼女に対する評価は、そうした巷説に拘泥していない。
以下に一部を引用。
若々しい大胆な魂と冷徹な現実主義的合理精神という、イタリア・ルネサンスの心情を体現したその一生によって、彼女は、芸術の保護者であるよりも、より一層美の友であったのである。
イザベッラが、文字通り、ルネサンスの時代の子になったのはそのためである。
そして、時代を越えもしなかったが、時代に流されることもなかった彼女の一生が、今なおわれわれの心をとらえるのもそのためである。
当時のイタリアの男性たちを、もっとも魅了した、「イタリアの女傑」カテリーナ・スフォルツァについては――。
「イタリア第一の女」という彼女に対しての評判には、少々疑問を感じなくもない。……イザベッラ・デステの、血を流さない政治にみられる『ライオンと狐の配合」(マキアヴェッリ)の成熟さは、カテリーナにはない。
彼女は、狐であるよりもよりライオンであった。
彼女の君主としての政治的才能は、イザベッラ・デステに一歩を譲らねばならない。
ルネサンスが生んだ最大の悪徳と云われる、ローマ法王アレッサンドロ六世を父に、チェーザレ・ボルジア
を兄にもった悲劇の女性ルクレツィア・ボルジアについては――。
ルネサンスという個性の強い時代の中で、そして女といえども、男と対等と見なされ、敢然と自己を発揮した女たち、イザベッラ・デステやカテリーナ・スフォルツァに賞賛を惜しまなかった時代の中で、ルクレツィアは、あまりにも普通の女でありすぎた。
自己を強く主張する手段として、父や兄の勢力を利用することなど、美しさと男たちに愛される女らしさを天性にもった彼女には、全く想像だにできないことであった。
彼女は、自分からは、何ひとつ望まない女だった。
ヴェネツィア共和国の政略によって、キプロス王に嫁いだカテリーナ・コルネール――。
カテリーナ・コルネールの一生は、このヴェネツィアの偽善によって動かされ、そして彩られた。
以上の記述には、すでにデビュー作にして、塩野七生の歴史観、国家観、人間洞察などが、全て顕現されている。
作家は、その処女作に、その要素の全てが含まれていると云われるが、その見本例のような作品である。
切れ味: 可
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田中優子 『樋口一葉「いやだ!」と云ふ』
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新五千円札の樋口一葉は、目元のあたりが、残されている写真とは、かなり違っている。
何故こんな肖像画になったのか不明だが、実年齢より二十歳分くらいは、老けて見える。
せっかく、女性初の新札だというのに、これでは、一葉が可哀想だ。
それで本書である。
一言で云って、樋口一葉の評伝なのだが、通常よくある編年体形式のものではない。
一葉の晩年(といっても二十四歳で亡くなっているので、若い晩年であるが)、「奇跡の14ヶ月」と称された時期に執筆された五つの作品がある。
「たけくらべ」「にごりえ」「わかれ道」「大つごもり」「十三夜」が、それである。
本書は、その五作品を、俎上にのせて、物語の時代背景、舞台設定、登場するキャラクターなどを考察する。
同時に、執筆者の一葉自身を取り巻いていた環境や、それらを執筆させた動機、真意とは何であったのかに迫った異色作である。
著者は、日本の近世文学の専門家。
一葉が生き、彼女の文学作品の舞台にもなっている明治の文化、風俗、文学などを、江戸期のものと比較しながら、考察している点がユニークである。
一葉が作家として本格的に活動していた明治の中頃は、一方では、ようやく西欧近代化のシステムが、社会に定着し始めてきた時期であった。
他方では、江戸期に熟成した文化・風俗が、滅びゆく直前の、最後の輝きを放った時期でもあった。
社会が急激に変化し、さまざまな矛盾が噴出した時代でもあった。
樋口一葉は、そんな近世と近代の端境期に生きた文人だった。
著者は、そんな一葉の境遇を次のように書いている。
――働き口がない、家族を養わなければならない、なぜかいつも結婚のチャンスを逃す、借金がかさんでいる……つまり、今の言葉でいう「負け組」。これが樋口一葉であった。
一葉の身上を、世俗の尺度で判断すれば、明治の「負け組」女性に過ぎない。
では、そうした世俗の塵を取り払った素の一葉は、どんな人物だったのか。
著者の見解は、次の通りである。
―― 一葉は「逃げなかった人」だ。……現実を直視し、逃げなかった。しかし我慢もしなかった。自分が置かれている状況、直面している現実が苦痛に満ちていたら、まず「いやだ!」と、全面的に拒否した。「いやだ!」という叫びは、現実生活の中には表さなかった。文学という形で、一葉は叫んだのである。そしてそこにとどまり、それを見つめた。その場所で生きつづけた。……いつの時代もそうかもしれないが、とりわけ今の時代は、たくさんの逃げ道がある。……しかし一葉は、一瞬も、自分を世間で紛らわしはしなかった。
これが、本書全体を貫く主旨である。
実際、一葉の諸作品には、「いやだ」という言葉が、頻繁に出てくる。
例えば、「にごりえ」の、主人公のお力の独り言。
「これが一生か、一生がこれか、ああ嫌だ嫌だ」
逃げず、我慢もせず、「いやだ」と叫んで、突き進む。
それが、一葉の生き方であり、作品に登場する主人公らの生き方でもあったのだ。
以上のことを理解できれば、難しいといわれる一葉の擬古体の文学も、また味わい深いものに変わるだろう。
本書は、評伝としては、やや毛色が変わっているが、樋口一葉と、彼女が生きた時代と文学を理解するうえで、出色の本だと思う。
切れ味: 良
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玄侑 宗久 『禅的生活』
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著者は、坊さんにして、芥川賞作家でもある。
本書には、世間一般に流布している禅語が、随所に散りばめられている。
でありながら、あまり抹香臭くないエッセイ集に仕上がっている。
禅の言葉は、分かったような、分からないような、不思議なニュアンスがある。
禅問答といわれる所以である。
したがって、あまり難しく考えても仕方がない。
それで、悟れるわけでもないのだから。
だから、肩の力を抜いて、気軽に本書を読んでみよう。
生きることに少々お疲れの方は、ちょっとだけ気分が楽になるかもしれない。
そして、なんちゃって悟った気分に浸りたい人もどうぞ。
切れ味: 可
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総合格闘技や、フルコンタクト空手の選手たちの中に、クンダリーニ・ヨーガの腹式呼吸法である、「火の呼吸」を、練習の一環として、取り入れている人が結構いるようだ。
クンダリーニ・ヨーガの代表的な呼吸法「火の呼吸」は、一分間に、200~250回の腹式呼吸を繰り返すことで、内臓脂肪を燃焼させ、自然治癒力と脳の集中力を、劇的に強化するらしい。
一見、いいことずくめではないか。
歳を重ねるに連れて、心身の衰えに、危機感を覚えていたので、早速、この本を片手に、取り組んでみた。
「火の呼吸」の基本は、鼻からの腹式呼吸である。
ところが、鼻詰まりのため、呼吸困難に陥り、やむなく初日は中止。
二日目。鼻詰まりを無視して、強引に腹式呼吸をしているうちに、頭がボーっとして、耳の鼓膜がおかしくなってきた。これ以上は、危険と自己診断して、断念。
こうして、私のヨーガ修行記は、わずか二日で挫折したのであった。
見た目よりもハードな「火の呼吸」だった。
切れ味: 不可
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鈴木重子のアルバムを聴いていると、ストレスで硬くなっていた心身が、とろけていくような感覚を味わえる。
疲れた夜に、深く甘美な大人のボーカルに耳を傾ければ、絶大なるヒーリングを堪能できる。
特に、このアルバムが、個人的には、一番のお気に入りである。
3曲目「花」、5曲目の「あなたのそばに」、10曲目「アメイジング・グレイス」のボーカルは、究極のリラクゼーションであるといえるでしょう。
ストレスでお疲れモードの方は、一度お試しあれ。
切れ味: 優
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- タイトル: 黒い家
サイコスリラーとしては、かなりの出来である。
保険金搾取のためには、殺傷行為も厭わない猟奇的な犯人のキャラが、際立っている。
この犯人の凄味は、只事ではありません。
雫井脩介の『火の粉
』に出てくるサイコ野郎も、真っ青です。
でも、最近は、日本でも、猟奇的な犯罪が頻発していることを考えると、実際に、こんな奴がいても、なんら不思議ではない。
事実が小説をはるかに凌駕する。
コワい世の中になったものです。
なお、この作品は、数年前に、映画化もされている。
原作の犯人像のイメージとは全然違っていたが、大竹しのぶの怪演は光っていた。
切れ味: 良
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ディープな題名です。
自伝ノンフィクションである本書の中身も、こってりと濃厚です。
恋愛、出産、仕事、病気、死別――。
誰もが経験する出来事も、著者には、より一層の劇的事件となるのです。
それもこれも、自意識過剰のなせる業でしょう。
他者への執拗な攻撃性と、常におびえた小動物のような臆病さ。
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あざといまでに誇張された多面性と、感情の振り幅の大きさが、柳美里の魅力です。
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ですが、実際に、この方か゛自分の周囲にいたら、さぞ大変だろうなと思います。
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そこで、柳美里の編集担当者の皆さん。
あんたらは、エライ!
切れ味: 可
甲野善紀 『表の体育 裏の体育』
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そもそも、この古武術ブームの火付け役となったのは、巨人軍の桑田投手に古武術を指導した甲野善紀氏です。
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』など、本も数多く執筆していますが、本書が処女作。
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しかし、医療、スポーツトレーニング、食事療法などの分野では、東洋への回帰、見直しの気運も起きてきました。
古武術ブームは、その反映でしょう。
ただ、本書には、念力、透視、読心術に未来予知と、かなり電波系モードも入っております。
肥田式強健術の肥田春充の話など、超常現象大好き人間には、垂涎ものでしょう。
切れ味: 可
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