読書ジャンキーの本棚 -13ページ目

藤沢周平 『決闘の辻』

著者: 藤沢 周平
タイトル: 決闘の辻―藤沢版新剣客伝

藤沢周平には、『隠し剣孤影抄』の隠し剣シリーズ、『用心棒日月抄』シリーズなど、剣客小説と呼べる作品群がある。
しかし、実在した剣客を登場させた作品は、本書だけである。
五つの異なる短編を集めた『決闘の辻』には、宮本武蔵、小野忠明、柳生宗矩など、日本の武術史を代表する剣客たちが登場する。


冒頭の『ニ天の窟』は、武蔵の晩年を描いた短編。
老境を迎え、生涯の総決算に、己の到達した境地を『五輪書』と名づけて、執筆しようとしていた武蔵。
そんな彼の前に、まるで、若い時分の己を彷彿とさせる剽悍な兵法者が現われる。
立ち合いに応じた武蔵は、思わぬ不覚をとってしまう。
生涯不敗の神話を保持するために武蔵は、姦計を用いて、その兵法者を討ち果たす。
剣聖・武蔵とは対極にある、老醜の極みといっていい武蔵が描かれている。


武蔵と同時代の人で、将軍兵法指南役の柳生宗矩を描いた『夜明けの月影』も面白い。
将軍指南役といっても、それだけでは、単なる剣術のお師匠さんにすぎない。
宗矩の父、柳生石舟斎は、天下に知られた名人であったが、太閤検地で、隠し田を密告されて、柳生の領地から追放されるという憂き目に遭った。
身近で、それを、まざまざと垣間見た宗矩は、諸国流浪の末、やっと、徳川家に、小身旗本として抱えてもらったものの、不安であった。
己の立場が、いかに浮き草にすぎないかを知悉していたから。
戦乱の収まった徳川治世下で、武士たちの殺伐とした鋭気を静め、統治しやすくするためにも、剣術を普及させることが有効であること、すなわち治世の剣たりえることを、将軍家はじめ、幕閣の要人、ひいては満天下に知らしめたい。
それが、宗矩の野心であった。


大阪の陣が終結した後、宗矩に好機が訪れる。
幕臣の旗本、坂崎出羽守の謀反を、大騒擾になる前に取り鎮めることに手腕を発揮した宗矩は、以後、剣術指南役としてだけではなく、幕政にも参加する政治家としての立場も強めていくことになった。
しかし、出世街道に乗った宗矩の前に、取り潰された坂崎家の家臣、小関八十郎が現われる。


騒動を静めるのが目的で、坂崎家の取り潰し自体は、宗矩の意図するところではなかった。
しかし、結果として、それに加担する役を担ったように、よそ目には映った。
浪人者となった小関の襲撃は、坂崎家の取り潰しから二十近く経つ現在までに、二度あった。
逆恨みなのだが、事情が込み入っているたげに、宗矩も対処に苦慮する。
しかも、小関は尋常の遣い手ではなかった。
襲撃の度に、宗矩は、なんとか危難を回避したきた。
だが、子息の友矩が、小関に斬られて、重傷を負わされるに及んで、二十年来の確執にピリオドを打つべく、真剣で立ち合うことに応ずる。
この殺陣の描写は、当事者の息遣いが、直に伝わってくるような臨場感がある。

柳生宗矩の人生を、小関八十郎との因縁を絡めて描いた本作は、政治家であることと、兵法者であることとの狭間で生きた一人の人間の苦悩を描いて秀逸である。



切れ味: 可











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 高橋克彦 『四谷怪談』

著者: 高橋 克彦
タイトル: 高橋克彦版 四谷怪談

先日、『呪怨』という訳の分からないホラー映画のDVDを観たせいか、急に古典的な怪談を読みたくなり、高橋版四谷怪談を読んだ。
これは、高橋克彦が、鶴屋南北の原作を、そのストーリーにほぼ沿うかたちで、新訳したものだ。


これを読むと、テレビ時代劇で見たことのある四谷怪談は、原作のほんの一部にずきなかったことが分かる。
さらに、この怪談が、赤穂浪士の忠臣蔵の外伝という位置づけにあることも。
元禄の江戸っ子たちを熱狂させた忠臣蔵の美名の陰に咲いた徒花。
破滅へと走らざるをえなかった伊右衛門と、その犠牲となったお岩の悲劇は、救いのない物語である。


伊右衛門に裏切られ、毒を盛られたお岩が、なかば崩れた顔を手鏡に映し、櫛で髪をすくシーンは見せ場の一つ。
櫛を入れるごとに、髪が頭皮から剥がれて抜け落ちていく凄惨さ。
抜けた髪の毛が絡まりついた櫛を握り締めながら、呪詛の言葉を吐くお岩の鬼気迫るシーンは圧巻。
死んだお岩を、戸板に釘で打ちつけて、川に流す描写の陰惨さも怖い。


でも、最後の最後で、怪談からラブストーリーに昇華されているのは意外でもあり、救いでもあった。



切れ味: 可




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松田公太 『すべては一杯のコーヒーから』

著者: 松田 公太
タイトル: すべては一杯のコーヒーから

たまたま、友人の結婚式で、シアトルに滞在中だった松田公太は、起業家志望の現役銀行員。
結婚式の合間を縫って、友人に連れられていった先で、スペシャルティ・コーヒーの存在を知ったことが、彼の起業家魂に火をつけることになった。


その頃、国内では、格安コーヒーのチェーン店が、急速に普及し、町の小さな喫茶店を駆逐していた。
まだ、日本にスターバックスは上陸しておらず、スペシャルティー・コーヒーそのものが、国内では認知されていなかった。


友人に連れられていったスペシャルティー・コーヒーの店は、値段こそ、少々高いが、匂いは香ばしくて、味もよい。店内の雰囲気も洒落ている。
興味をもった松田は、いろいろな店を訪ねてみようと思い立ち、連日、シアトルを歩きまわる。
そして、数あるスペシャルティー・コーヒーの中でも、特に、タリーズ・コーヒーの味に惚れ込むと、これを日本で普及させようと決意。


しかし、この時点で、彼は、二十代の若さで、一介の日本の銀行員に過ぎず、資金もなく、有望なスポンサーの後ろ盾もなかった。
そんな、平凡極まりない(?)青年が、銀行を辞め、単身、タリーズ・コーヒーの日本法人設立の契約を獲得。
そして、銀座に一号店をオープンする。


銀行業務とは、まったく異なる飲食サービス業は、もちろん未経験。
不慣れな松田の前に、資金、立地、原材料・備品などの輸入障壁などの問題、米国本社の内紛と、日本法人への内政干渉、大手食品会社の横槍など、次々に難問が降りかかってくる。
どれも、避けることの出来ないトラブルだが、松田は自暴自棄にならず、持ち前の粘り強さで、危機的状況を切り抜けていく。
そして、会社設立から、わずか三年二ヶ月で、新興市場へ上場をはたす。


この本には、机上の経営理論や、安直な成功を煽る啓発本を、百冊分あわせても敵わない説得力がある。
とかく、有名な社長が書いた自伝は、高いところから睥睨するようなものが多い。
自分にとって不名誉なことや、過去に失敗したことには触れず、自画自賛と誇張のオンパレード。

本書には、そうした臭気は全くない。
松田は、虚勢を張らずに、等身大の目線に立って、自分の半生を振り返ろうと努めている。
この類の本としては希少である。

松田は、幼少期から高校卒業までの時期を、父親の仕事の関係で、海外で送っている。
また、銀行員時代には、自ら志願して、法人の新規開拓担当をした。
そうした経験が、後に起業家として行動していくで、非常にプラスに働いたようだ。


松田公太は、ライブドアの堀江貴文 のように、意図的に、メディアへの露出度を高め、派手なパフォーマンスによって、注目を集める経営者とは違うようだ。
物心ついた頃から、海外生活を通して、異質のカルチャーに肌で接し続け、人一倍、世間に揉まれている分、常識をわきまえた普通人の生活感覚がある。
しかし、思い立ったら、即座に行動に移すせっかちな性格や、対面したこともない社会的地位のある人に対しても、臆せずに会いに行く行動力、そして、失敗しても、常に前向きであるポジティブな性格などは、今風のITベンチャーの経営者と共通している。


本書は、ビジネス書の範疇に括られるのであろうが、いまだ成長途上にある青年起業家の優れた自伝ノンフィクションとして、読まれるべき本ではないかと思う。


切れ味: 良


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大前研一 『新・資本論』

著者: 大前 研一, 吉良 直人
タイトル: 大前研一「新・資本論」―見えない経済大陸へ挑む

本書は、大前研一が、英語で著して、海外で出版したものを逆輸入する形で、別の日本人が、母国語に翻訳したものである。
原書が出版されたのは五年前。
新鮮な情報量が要求されるビジネス書は、ベストセラーになった本でも、一、二年で陳腐化してしまう傾向がある。
その点、本書は、むしろ現在読んだ方が、理解しやすい。
そう思うのは、先般のライブドアとフジテレビの抗争劇の過程で、世間にも知られるようになった用語、例えば、株式交換、レバレッジド・バイアウトなどについて、その有効性と、何故それが、主にIT系ベンチャーの新興企業が好んで用いるのかについて、納得のいく説明がされているからだ。

大前は、こうした手法を駆使する企業を、従来の企業とは区別して、突然変異した「ゴジラ企業」と定義している。
今度の騒動を通じて、日本の現状が、ようやく、この本に書かれてあることに追いついてきたというべきであろうか。
大前が、雑誌などで、しきりにこの事を自画自賛するのも、頷けないこともない。


大前によれば、現在の世界は、「見えない新大陸」へ速やかに移住できている国と、できていない国との間で、二極化が起きているらしい。
移住に成功した国の代表例が米国である。
これは、国家だけの話ではなく、企業も、個人も、「見えない新大陸」への移住が行えるか否かの問題に直面しているという。


「見えない新大陸」とは、地政学上の意味ではなく、見えない経済空間のことである
ただし、ある種の洞察力と創造性に長けた人種には、「見える」世界でもある。
この「見えない大陸」には、四つの独立した空間が存在し、相互に密接に関連しあっている。
その四つの空間とは、「実体経済」「ボーダーレス経済」「サイバー経済」「マルチプル経済」である。
そして、この「見えない新大陸」は、いまだ開拓途上にあり、この荒野に自らの領地を確保するには、早撃ちガンマンのごとき、素早い判断力と行動力が必要になってくる。
したがって、国も、企業も、個人でさえも、これまでのスピードの感覚で思考し、動いていたのでは、荒野に屍を晒すことになってしまう。


この「見えない新大陸」では、人々がより集うネットワークの外部性が働く「プラットホーム」を確立することが大きな意味を持ってくる。
また、「アービトラージ」(裁定取引)が、ネットワーク社会においては、極めて簡単に行われる。
つまり、なにをするにも、選択肢が増えるわけで、事業でも、個人の生活でも、いかに、このアービトラージを有効に活用するかによって、大きな格差が生じてしまう。
この二つの概念の重要性に気づき、積極的に活用しているのが、前述の「ゴジラ企業」である。
マイクロソフト、デル・コンピュータ、シスコ・システムズ、アマゾン・ドット・コムなどが、その代表例である

以上が、本書の中核となる論旨である。


これからの経済、社会、経営、個人の生活を考えていくうえで、示唆に富むことが書かれているので、読んで損することはないだろう。
ただ、あまりに長すぎる!

かなり内容に重複している箇所があるので、それを飛ばすにしても、読むのにひどく骨が折れる。
一般向けのビジネス書なんだから、もっと内容を削って、コンパクトにしてくれ。


切れ味: 可


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真保裕一 『ホワイトアウト』

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タイトル: ホワイトアウト

地味なミステリー作家という位置付けにすぎなかった真保裕一の名を一躍ブレイクさせた出世作。
数年前に映画化されたこともあって、真保作品中、最も知名度の高い作品でもある。
映画はショボかったけど。


まるで、ファイト一発リポビタンDのコマーシャルに出てくるナイスガイのような主人公が、巨大ダムの発電所に篭城したテロリストたちに、敢然と立ち向かう冒険小説。


典型的な勧善懲悪のストーリーであるが、天然の要害と化した雪山を舞台設定にしたアイデアは面白い
タイトルにもなっている雪山の怖さも迫真性に満ちている。
ディテールへのこだわりはなみなみならぬものを感じる。


ただ、登場人物たちに、あまり魅力が感じられない。
主人公には、雪山で、相棒を助けられずに死なせてしまうという苦い過去がある。
しかし、そんな心の葛藤に苦しんでいる主人公に、何故か屈折した感情の翳りよりも、スポ根マンガに出てくる熱血漢のキャラが重なってしまう。
敵役のテロリストたちも、精彩を欠いている。



切れ味: 可



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佐野眞一 『あぶく銭師たちよ――昭和虚人伝』

著者: 佐野 眞一
タイトル: あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝

まさに、日本経済がバブル真っ盛りだった80年代後半。
本書は、その時期に、月刊文藝春秋に連載された記事をまとめたものだ。
この狂乱の時代に、荒稼ぎをした有名虚業家たちの仮面を剥ぐことを試みた人物ルポルタージュである。

今となっては、過去の人である虚業家の面々。
リクルートの江副浩正(佐野が取材開始をした時点では、まだ事件は発覚していなかった)、バブルの代名詞となった「地上げ」の帝王、最上恒産の早坂太吉、メディアを私物化したフジサンケイグループの二代目、鹿内春雄など、計六人が俎上にのせられている。


しかし、白眉は、なんといっても、大殺界の占い師、細木数子のルポであろう。
なにしろ、この本の中で取り上げられた人物のうちで、細木は、零落せずに、いまなお健在、どころか全盛の絶頂にあるからだ。
このしぶとさは、どこから来るのか。およそ二十年近くも前に書かれたルポは、いささかも古びずに、その真相に迫っている。


ルポを読むと、波乱万丈の人生とは、まさしく細木数子のためにある言葉ではないかと思えてしまう。
数子の実父は、戦前には院外団の壮士として鳴らした人物だが、私生活では、六十を過ぎて、愛人に子供を生ませ、平然と妻妾を同居させるという神経の持ち主だった。
このような、いびつな家庭環境が、幼かった数子に、成長するうえで決して良い影響を与えなかったことは想像に難くない。
しかし、自立心は人一倍旺盛。
十七歳でスタンドコーヒーの店を開き、二十代半ばには、銀座にクラブを三軒もつオーナーママとして、豪勢を極める。
ところが、三十五歳の時、詐欺師にひっかかり、十億の借金を抱えて、奈落の底へ。
そのどん底生活の中で、次第に深まるアンダーグラウンドの人脈。
歌手の島倉千代子の手形裏書事件に介入し、債権者会議を取り仕切ることで、マスコミに一躍脚光を浴びる。
この時、島倉千代子を金蔓とした細木のやり方を批判した記事を書いた雑誌編集部に乗り込んで、記者に向かい「あんた、畳の上じゃあ、死ねないよ」と脅しあげる剣幕も演じた。
さらに、戦前戦後の政財界の黒幕的存在であった安岡正篤に取り入り、篭絡してしまう手練手管。
暴力と色と情とを、その時、その場、その相手により、巧みに使い分ける抜け目なさ。
水商売が傾きかけてきたとみるや、さっさと見切りをつけて、ブーム到来を予感するかのように、占い商法に金脈を見出す。
会費をとって講演会を開けば、来場者にサイン本を売りつけ、高額の個人鑑定を申し込ませ、さらには、細木と入魂の業者から、墓石や仏壇を買わせてしまう抱き合わせ商法の錬金術。


佐野が、本書の中で、「占いと、墓石、仏壇。細木が講演会で、借金をしてでも先祖供養をきちんとしなさいと、しきりに強調していることを考えあわせれば、これは一種の”霊感商法”だといえなくもない」と書いているのも、頷ける。
そして、大衆が、この香具師の匂いが強烈に漂う細木数子に何をもとめているのかを次のように述べて最後を締め括っている。


「多くの聴衆は、……細木数子という怪しげな人物を通して、血につながる家族の記憶、郷愁にも似たその感情のなかに身をひたしているとはいえないだろうか」


うーん、細木数子怖るべし。
でも、そこらの起業家どもより、よっぽど根性があるのも確かだ。
ありがたいご宣託をうけて、今日も誰かが、墓石と仏壇の購入に狂奔しているんだろうな。
ご苦労様。


切れ味: 良

近江源太郎、ネイチャープロ編集室 『色の名前』

著者: 近江 源太郎, ネイチャープロ編集室
タイトル: 色の名前

自然界に存在するさまざまな色彩の写真と、その色の由来に関する説明文がひたすら続く写真集。
空、水、火、土、石、動物、昆虫、花、草木などを、色彩のモデルにした写真が、、これでもかと思うほど撮られている。

色彩豊かな写真のオンパレードは圧巻。

巻末には、色の見本帳まで収められている。

他人に、色の薀蓄を語るには、最適な本かもしれない。
にしても、世の中に、こんなに色の名前があるとは、正直、驚いた!
ピュース、ヘリオトロープ、ポムグラニット、と云われて、即座に、その色がイメージできれば、立派な色の通人です。



切れ味: 可


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タイトル: 呪怨 劇場版 デラックス版 (初回限定版)

遅ればせながら、話題になったホラー映画のDVDをレンタルして、観てみました。

オムニバス形式ですが、全体に意味不明なところが多く、今ひとつ理解できないまま終わってしまいました。

何なのでしょう。この映画は?


でも、仏壇の奥に、父と娘の生首が浮かぶシーンは、なんだかシュールでもあります。


こんな怨霊ファミリーの棲む家を、偶々訪ねてしまったら、とんだ災難です。

こんな映画を観てしまった私も災難です。



切れ味: 不可


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森まゆみ 『大正美人伝――林きむ子の生涯』

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タイトル: 大正美人伝―林きむ子の生涯

明治維新を経て、近代国家の仲間入りを果たした日本。
しかし、実際には、太平洋戦争で敗戦するまでは、さまざまな制限、制約の多い時代であった。
女性が自立して生きていくには、尚更である。
そんな時代に生を享けた、本書の主人公、林きむ子は、自立した精神と、知性と、そして類稀なる美貌を併せ持った女性だった。
そして、彼女は、時代の制約を受けつつも、それに無抵抗に流されることを潔しとせず、著者の言葉を借りれば、「見事な誇り高い一生」を生ききった人だった。


「凛とした」という形容が、相応しいきむ子の生涯は、波乱万丈に満ちており、また、彼女の周囲には、常に、明治、大正、昭和の時代に名を馳せた様々な人物が彩っていた。
本筋とは、直接には関係ない、そんな人たちのエピソードが、本書の読みどころの一つである


物語の前半では、右翼の巨頭、玄洋社の頭山満も登場する。
明治の中頃、きむ子は、新橋にある待合茶屋「浜屋」の養女になっていたのだが、当時、すでに壮士として知られていた頭山満が、福岡から上京し、「浜屋」の常連客として居続けていた。それも何年にもわたって。
この待合茶屋を根城に、頭山は、政財官界、軍人、在野の人士らを招き、座敷で接待をしつつ、様々な裏面工作をしていたようだ。
そんな頭山が贔屓にしていたのが、芸妓「洗い髪のお妻」である。
「洗い髪のお妻」とは、粋なネーミングではないか。
実際、本の中に、彼女の写真も掲載されているが、瓜実顔の絵に描いたような美人である。
頭山満と、この「洗い髪のお妻」との出会いと別れ、その後の邂逅に関する挿話は清々しく、まるで、一流の芝居を観ているかのようで、ある意味、本筋である林きむ子の生涯よりも、印象に残った。



切れ味: 可


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浅田次郎 『きんぴか』

著者: 浅田 次郎
タイトル: きんぴか

ピカレスクロマン(悪漢小説)と謳っているが、むしろ、コメディタッチの小説といえる。
その面白さにかけては、数ある浅田作品の中でもナンバーワンといえそう。


生い立ちも、キャリアも、性格も異なるが、いずれも現在の境遇は共通している、社会からドロップアウトした三人の男たち。
彼らが、まるで運命の糸で手繰り寄せられるようにして集まってくるところから物語は始まる。

この最強にして最悪のトリオが遭遇する珍妙な出来事の数々を、活劇仕立てで描いている。


三人のキャラは、どれも個性的であるが、中でも、自衛隊駐屯地でピストル自殺を図るも、見事に死に損ねた元自衛隊員の快男児、通称「軍曹」のキャラが光っている。
特に物語の後半、彼が、故郷の鹿児島に帰郷するエピソードを描いた「チェスト! 軍曹」の章では、実家で待ち受けていた彼の兄、親父、祖父、曽祖父などが次々に登場。
軍曹も豪快極まる男であったが、彼らは、更にその上をいく面々ばかりで、そこで繰り広げられるドタバタ劇は爆笑ものである。


浅田次郎には、読者を笑わせるツボも、泣かせるツボも心得ている洗練された職人作家のイメージが強い。
たしかに浅田次郎の小説はうまい。
だけど、直木賞受賞後は、なんだか寸法の決まった型の枠にはめ込まれたような作品が多くなっている気がする。
洗練はされているけれども、枯れたというか、すっかり大人しくなってしまった。
そこに、一抹の物足りなさがある。


その点、まだ、作家的知名度が低かったころに書かれた『きんぴか』には、ストーリーも文章も洗練からは程遠いけれど、型からはみ出してしまうエネルギーが満ち溢れている。
こんなハチャメチャな小説をまた書いてくれたら、読者としては即座に飛びつくけれど。
どんなもんでしょうか?



切れ味: 良